正則関数を定義し,正則性の判定に使われるコーシー・リーマンの方程式を解説する. その後で正則関数の例として,多項式関数・有理関数,指数関数,三角関数について解説する.
まず複素関数の微分を定義する。 \(a\) の周りで定義された関数\(f\)に対し、 $$ \lim_{z\to a}\frac{f(z)-f(a)}{z-a} $$ が存在するとき、\(f\)は\(a\)で複素微分可能といい、その極限値を\(f'(a)\)と表す。
二変数関数の偏微分や全微分との比較。 単に一次関数で近似できるのみではなく、複素一次関数で近似できるということ。 これが全然違う。 等角性、調和関数
\(\mathbb{C}\)を\(\mathbb{R}^2\)とみなすことで、複素関数\(f:\mathbb{C}\to \mathbb{C}\)は実二変数のベクトル値関数\(f:\mathbb{R}^2\to\mathbb{R}^2\)とみなすことができる。 さらに、距離の対応もつくため、関数の連続性はどちらで見ても同値である。 しかし、大きな違いが関数の微分についてである。 あるいはどのように一次近似をするかが異なる。
正則関数。 \(\mathbb{C}\)内の領域\(U\subset\mathbb{C}\)の各点で複素微分可能。
単に\(1\)点で複素微分可能であることと違うのか。 実関数の場合は?
微分係数と一次近似 #
\(f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}\)の場合。 \(f\)が\(a\)で微分可能であるとは、極限 $$ \lim_{h\to 0}\frac{f(a+h)-f(a)}{h}=f'(a) $$ が存在することをいう。
これは、 $$ \lim_{h\to0}\frac{f(a+h)-f(a)-f'(a)h}{h}=0 $$ を満たす実数\(f'(a)\)が存在することと同値。
また、\(f(a+h)=f(a)+f'(a)h+o(h)\)と同値である。
\(f:\mathbb{R}^2\to\mathbb{R}\)の場合。 \(f\)が\((a,b)\)で微分可能であるとは、 $$ \lim_{(h,k)\to0}\frac{f(a+h, b+k)-f(a)-f'(a)(h,k)}{h}=0 $$ を満たす横ベクトル\(f'(a)\)が存在することと同値。
\(f:\mathbb{R}^2\to\mathbb{R}^2\)の場合。 \(f\)が\((a,b)\)で微分可能であるとは、 $$ \lim_{(h,k)\to0}\frac{f(a+h, b+k)-f(a)-A(h,k)}{h}=0 $$ を満たす行列\(A\)が存在することと同値。
また、\(f((a,b)+(h,k))=f(a,b)+A(h,k)+O(h,k)\)と同値である。 この行列\(A\)をヤコビ行列という。 (上の場合の微分係数もヤコビ行列ということもできる)
正則関数の定義 #
まずは正則関数の定義を確認しよう。
開集合\(D\subset \mathbb{C}\)を定義域にもつ関数\(f:D\to\mathbb{C}\)が正則であるとは、 任意の\(z\in D\)について以下の極限が存在すること。 $$ f'(z)=\lim_{h\to0}\frac{f(z+h)-f(z)}{h} $$
ここで右辺の極限は複素数の範囲で任意の\(h\to 0\)の近付け方について同じ値に収束することを条件としている。
これは開集合\(U\subset\mathbb{R}\)を定義域にもつ関数の\(f:\mathbb{R}\to \mathbb{R}\)の微分係数の定義 $$ f'(a)=\lim_{h\to0}\frac{f(a+h)-f(a)}{h} $$ と式の形は同じである。 ただし、\(h\to0\)の近付け方が\(\mathbb{R}\)の開集合の場合は本質的に二つしかないのに対し、\(\mathbb{C}\)の開集合の場合は様々ある点が異なる。
一次近似 #
実数関数において、微分係数は一次式による近似の比例定数を表していた。 つまり、上の微分係数の定義式は
$$ \lim_{h\to 0}\frac{f(a+h)-f(a)-f'(a)h}{h}=0 $$
と同値である。 これは、 $$ f(a+h)=f(a)+f'(a)h+o(h) $$ という\(h\)についての一次式の近似を表していると解釈できる。 ここで、\(f(a)+f'(a)h\)は\(h\)についての実数係数の\(1\)次式である。
これと同様に考えると、\(f:\mathbb{C}\to\mathbb{C}\)の微分可能性は複素係数の\(1\)次式\(f(a)+f'(a)h\)による近似可能性ということができる。
また\(2\)変数関数\(f:\mathbb{R}^2\to\mathbb{R}^2\)の微分可能性とも比較しよう。 こちらは成分が実数の\(2\)次正方行列\(A\)により $$ \lim_{(h,k)\to0}\frac{f(a+h)-f(a)-A{}^t(h,k)}{\lvert (h,k) \rvert}=0 $$ となることであった。 こちらは複素関数の微分係数の定義と同様に、全ての近づき方を考える。
一方で複素数\(a+bi\)倍を\(1,i\)を基底として行列で表すと\(\begin{pmatrix}a&-b\\b&a\end{pmatrix}\)の形になる。 つまり、近似する行列の形に制約があるのが複素関数の微分の定義であると考えることができる。 このように、単に\(z=x+iy\)と表示した上での\(2\)変数関数としての微分可能性に比べて、 複素関数としての微分可能性の方が真に強い条件であることがわかる。
正則関数の例 #
それでは正則関数の例について見ていこう。
\(f(z)=z^2\)は\(z=\alpha\)の周りで一次式\(2\alpha(z-\alpha)+\alpha^2\)で近似できる。 これを図示して確かめよう。 \(f(z)=z^2\)で実軸平行な直線や虚軸平行な直線がどのように映るかを書いてみる。
\(n\)を\(0\)以上の整数として\(f(z)=z^n\)は正則関数である。
正則関数どうしの和や積は正則関数である。 正則関数の比は分母が\(0\)でない範囲で正則。
\(z\)についての多項式は正則関数である。
\(z\)についての有理式は、分母が\(0\)になる点を除いて正則関数である。
それでは正則でない関数にはどのようなものがあるか。
\(f(z)=\bar{z}\)は正則ではない。
まず直感的な説明をする。 \(f(z)=az+b\)と近似できるのであれば、実軸と虚軸の角は保たれる。 ところが、\(f(z)\)でうつすと実軸と虚軸の向きが逆になる。 よって、一次式で近似することはできない。
また、これは等角ではないため正則ではないということもできる。 複素係数の一次式で近似できるなら、近似的には等角である。 回転拡大と平行移動は等角なため。
また、\(f(z)=x-iy\)を二変数関数と見たとき、\(A=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}\)が\(f(z)\)を近似する(この場合には近似ではなくて一致するが)行列となる。
定義に直接基づいた証明も行おう。 \(h\)が実数で近づいた場合と、純虚数で近づいた場合に極限値が異なることを確かめる。 \(z=x+iy\)として $$ \lim_{h\to0, h\in\mathbb{R}}\frac{(x+h-iy)-(x-iy)}{h}=1 \lim_{h\to0, h\in\mathbb{R}}\frac{(x-i(y+h))-(x-iy)}{ih}=-1 $$ となるので、微分可能でない。
\(f(z)=\lvert z \rvert\)は正則ではないことを示せ。
コーシーリーマンの方程式 #
複素関数としての微分と、実関数としての全微分を区別するための条件を記述するのがコーシーリーマン方程式である。
方程式 #
\(f(z)\)の実部と虚部を\(u, v\)とし、\(z=x+iy\)の関数として、\(f(z)=u(x,y)+iv(x,y)\)とおく。 これに対してコーシーリーマンの方程式とは $$ \begin{cases} \dfrac{\partial u}{\partial x} = \dfrac{\partial v}{\partial y} \\ \dfrac{\partial u}{\partial y} = -\dfrac{\partial v}{\partial x} \\ \end{cases} $$ のこと。
例 #
先ほどのいくつかの実例についてコーシーリーマン方程式を確かめよう。
\(f(z)=z\)に対し、実部は\(u(x,y)=x\)であり、虚部は\(v(x,y)=y\)である。 $$ \frac{\partial u}{\partial x}=\frac{\partial v}{\partial y}=1 -\frac{\partial u}{\partial y}=\frac{\partial v}{\partial x}=0 $$ となり、コーシーリーマン方程式が成立する。
\(f(z)=z^2, z^3\)などについても直接確かめよ。
\(f(z)=\bar{z}\)に対し、実部は\(u(x,y)=x\)であり、虚部は\(v(x,y)=-y\)である。 $$ \frac{\partial u}{\partial x}=1 \frac{\partial v}{\partial y}=-1 $$ なので、コーシーリーマン方程式は成立しない。
ヤコビ行列 #
コーシーリーマン方程式は、\(f\)の微分係数の制約と思うことができる。 実二変数関数と思って近似した時の行列\(A=\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}\)が\(a=d, b=-c\)となるという条件。
関数\(f:\mathbb{C}\to\mathbb{C}\)を\(\mathbb{R}^2\to\mathbb{R}^2\)と見る。 \(f(z)=u(x,y)+iv(x,y)\)を\(\begin{pmatrix} u(x,y) \ v(x,y) \end{pmatrix}\)と表すと、 \(f\)のヤコビ行列は\(\begin{pmatrix} u_x & v_x \\ u_y & v_y \end{pmatrix}\)である。
これが\(\begin{pmatrix}a&-b\\b&a\end{pmatrix}\)の形になるというのがコーシーリーマン方程式である。
また、これは\(J=\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}\)と交換する、つまり\(AJ=JA\)が成り立つという条件と同値である。
また、複素数を複素数倍として\(\mathbb{C}\)に定まる線形写像の基底\(1,i\)による行列表示により定まる\(\mathbb{C}\to M_2(\mathbb{R})\)の像である。
コーシーリーマン方程式は、ベクトル\(\begin{pmatrix}u_x\\v_x\end{pmatrix}\)と\(\begin{pmatrix}u_y\\v_y\end{pmatrix}\)のなす角が\(90^\circ\)という条件である。 これが一般の曲線についても成り立つというのが等角性。
導出 #
複素関数の微分係数の定義から、\(h\to 0\)の全ての近付け方について極限(正確には、全ての引き戻しの極限) $$ \lim_{h\to0}\frac{f(a+h)-f(a)}{h} $$ が一定であった。
実部と虚部を\(f(z)=u(z)+iv(z)\)と表すことにし、 さらに必要に応じて\(z=x+yi\)として\(f(x,y), u(x,y), v(x,y)\)のように考える。 \(h\)を実数で近づけると $$ f'(z)=\frac{\partial u}{\partial x}(z)+i\frac{\partial v}{\partial x}(z) $$ である。 $$ \lim_{h\to0}\frac{f(z+h)-f(z)}{h}=\lim_{h\to0}\frac{f(x+h,y)-f(x,y)}{h} =\lim_{h\to0}(\frac{u(x+h,y)-u(x,y)}{h}+\frac{iv(x+h,y)-iv(x,y)}{h}) $$ であり、それぞれの極限が存在すること(例えば絶対値評価)から、 $$ =\lim_{h\to0}\frac{u(x+h,y)-u(x,y)}{h}+i\lim_{h\to0}\frac{v(x+h,y)-v(x,y)}{h} =\frac{\partial u}{\partial x}+i\frac{\partial v}{\partial x} $$ 一方で、\(h=ik\)を純虚数で近づけると $$ f'(z)=\lim_{ik\to0}\frac{f(x,y+k)-f(x,y)}{ik} =-i\frac{\partial u}{\partial y}(z)+\frac{\partial v}{\partial y}(z) $$ となる。 上と同様の議論で、\(h=ik\)として $$ \lim_{h\to0}\frac{f(z+h)-f(z)}{h}=\lim_{k\to0}\frac{f(x,y+k)-f(x,y)}{ik} =\lim_{k\to0}(\frac{u(x,y+k)-u(x,y)}{ik}+\frac{iv(x,y+k)-iv(x,y)}{ik}) =\lim_{k\to0}\frac{u(x,y+k)-u(x,y)}{ik}+i\lim_{k\to0}\frac{v(x,y+k)-v(x,y)}{ik} =-i\frac{\partial u}{\partial x}+\frac{\partial v}{\partial x} $$
この二つが一致するので、 $$ \frac{\partial u}{\partial x}=\frac{\partial v}{\partial y} $$
$$ -\frac{\partial u}{\partial y}=\frac{\partial v}{\partial x} $$ が成立する。
十分性 #
関数が正則ならコーシーリーマン方程式を満たす。 逆はどうか? \(u, v\)が全微分可能でありコーシーリーマン方程式を満たすならば正則である。 また、そのとき\(f'(z)= u_x+iv_x\)が成立する。
また、よりわかりやすい十分条件として、\(u, v\)が\(C^1\)級でコーシーあるときは正則である。
ディーバー #
複素係数の偏微分作用素(方向微分)を導入する。
$$ \frac{\partial}{\partial z}=\frac{1}{2}(\frac{\partial}{\partial x}+i\frac{\partial}{\partial y}) $$ とおき、 $$ \frac{\partial}{\partial \bar{z}}=\frac{1}{2}(\frac{\partial}{\partial x}-i\frac{\partial}{\partial y}) $$ とおく。 コーシーリーマン方程式は\(\dfrac{\partial}{\partial \bar{z}}f=0\)と同値。 接空間を複素化してその実ベクトル空間としての取り替えたもの。
初等関数の正則性 #
指数関数 #
三角関数 #
$$ \cos z = \dfrac{e^{iz}+e^{-iz}}{2} $$ $$ \sin z = \dfrac{e^{iz}-e^{-iz}}{2i} $$ と定義した。
指数関数が正則であること、また正則関数の和が正則関数であることから、三角関数も正則関数であることがわかる。
また、\((\cos z)'=-\sin z, (\sin z)'=\cos z\)であることも指数関数の導関数から計算できる。
ちなみに、後ほど証明する正則関数の一致の定理によれば、 二つの関数\(f(z), g(z)\)が\(z\in\mathbb{R}\)で一致するならば\(f=g\)であることが証明できる。 したがって、拡張が正則になればそれが唯一の正則な拡張であることが保証される。
対数関数 #
例えば\(z=1\)で\(\theta=0\)と選んだとき、 単位円周を反時計回りに一周動いて\(\log z\)の値の変化をみてみる。 このとき\(r=1\)で一定で、\(\theta\)が連続的に増加させると、\(1\)周回って\(z=1\)に戻ったときに\(\theta=2\pi\)になる。 つまり、\(\mathbb{C}\)上で一価正則関数として\(\log z\)を定義できないということになる。 これは\(z=0\)の周りを回ることによって不定性が生じるからである。
対数関数\(\log x\)の微分が\(\dfrac{1}{x}\)であったことから、\(\int^x_1\frac{1}{t}dt=\log(x)\)である。 同様の計算は複素数の範囲で行うことができるが、上の結果から積分の結果が一意に定まらないように思える。 実はあとで複素線積分やコーシーの積分定理などについて学んでみると $$ \log z=\int^z_1\frac{1}{t}dt $$ という積分の値が経路によって変化するという現象に対応していることがわかる。
冪乗関数 #
等角性 #
上で述べたように、正則関数は一次式で近似できる関数と見ることができる。 \(f\)が\(z=z_0\)で正則であり\(f'(z_0)\neq0\)とする。 \(z_0\)を通る二曲線について\(z_0\)での接線を\(f\)でうつして得られる\(f(z_0)\)を通る二曲線の接線を考える。 このとき、うつす前の接線のなす角とうつした後の接線のなす角は一致する。
というのも、\(z(t)\)を曲線\(C\)のパラメータとし、\(w(t)=f(z(t))\)を\(で\)をうつした曲線のパラメータとすると、 \(w'(t)=z'(t)f'(z(t))\)より $$ \arg{w'(t)}=\arg{z'(t)}+\arg{f'(z(t))} $$ となるためである。 この性質を等角性という。
正則関数の等角性 \(z_0\)で交わる適切な滑らかさの曲線\(\gamma_1, \gamma_2\)について、 \(z_0\)での接ベクトルのなす角と、 \(f(z_0)\)において\(f(\gamma_1), f(\gamma_2)\)の接ベクトルのなす角の大きさは等しい。 写像の微分により、ヤコビアンで解釈できる。
調和関数 #
さらに\(u, v\)がさらに偏微分可能であることを仮定すると、(実際にはあとで見るように\(f\)が複素で微分可能なら常に成立する条件である。)この式から $$ \frac{\partial^2 u}{\partial x^2}=\frac{\partial^2 v}{\partial x\partial y}, -\frac{\partial^2 u}{\partial y^2}=\frac{\partial^2 v}{\partial x\partial y} $$ となるので、 $$ \frac{\partial^2 u}{\partial x^2}+\frac{\partial^2 u}{\partial y^2}=0 $$ となる。 ここで\(0\)は関数として恒等的に\(0\)であるということ。
\(v\)についても同様で、\(u, v\)は調和関数であることがわかる。 さらにこの\(u, v\)は無関係な二つの関数というわけではなく、コーシーリーマン方程式を満たす調和関数の組である。 このようなものを共役調和関数という。
\(u(x,y)=x^2+y^2\)は正則関数の実部や虚部となることはない。 なぜなら\(\Delta u\neq0\)であるため。
逆に\(u(x,y), v(x,y)\)が偏微分可能かつ偏導関数が連続で、コーシーリーマン方程式を満たすとき、 \(f(z)=u(x,y)+iv(x,y)\)は正則関数で\(f'(z)\)は連続となる。
また、調和関数\(u(x,y)\)が与えられたとき、それを実部(または虚部)にもつ正則関数を構成することができる。
\(u(x,y)=x^2-y^2\)とする。 これは調和関数であり、共役調和関数\(v(x,y)\)は $$ \frac{\partial v}{\partial x}=2y \frac{\partial v}{\partial y}=2x $$ の解である。
一つ目の式から\(v(x,y)=2yx+g(y)\)となり、さらに二つ目の式から\(g(y)=c\)となる。 よって、\(v(x,y)=2xy+c\)とすればよく、 $$ f(x+yi)=(x^2-y^2)+i(2xy+c) $$ は正則関数である。
つまり、正則関数が存在するかどうかは調和関数が存在するかどうかで判断でき、 $$ \Delta u=0 $$ の解を求めることになる。