コーシーの積分定理

コーシーの積分定理 #

ここではコーシーの積分定理について説明する。 いくつかの関数について閉曲線での複素線積分 \(\int_Cf(z)dz\) が\(0\)になったが、これは偶然ではない。

複素平面内の領域\(U\subset \mathbb{C}\)上の正則関数\(f:U\to\mathbb{C}\)と、 \(U\)内の閉曲線\(C\)が適切な条件を満たすとき、以下の式が成り立つ。

$$ \int_Cf(z)dz=0 $$

この定理をいきなり一般的な形で証明することは難しく、いくつかの段階に分けて証明していく。 そのための準備として、閉曲線での積分と積分経路の比較、原始関数の存在と線積分の関係についてまず説明する。 その上で、長方形の周に対するコーシーの積分定理、円板に対するコーシーの積分定理、星形領域に対するコーシーの積分定理の三段階をまず証明する。 ここまで証明すれば、円周に対するコーシーの積分公式を証明することができ、その上で正則関数の解析性や留数定理を導くことができる。

原始関数の存在と閉曲線での線積分 #

\(f\)が原始関数\(F\)を持つとき、線積分は経路によらない。また、閉曲線での線積分は\(0\)になる。 これは\(f\)が正則である領域の形や曲線の形にはよらずに成り立つ。 また、\(f\)の正則性は仮定する必要はない. (実際には正則な原始関数\(F\)の解析性からのちに証明できる。)

領域\(D \subset \mathbb{C}\)で定義された関数\(f:D \to \mathbb{C}\)が\(D\)上一価正則な原始関数\(F\)を持つ、 すなわちある一価正則関数\(F:D\to \mathbb{C}\)が存在して\(D\)上で\(F'(z)=f(z)\)となるとき、線積分の値が積分路によらず始点と終点のみで決まる。

\(\alpha, \beta\in\mathbb{C}\)を結ぶ任意の曲線\(C_1, C_2\)に対して $$ \int_{C_1}f(z)dz=\int_{C_2}f(z)dz $$ が成り立つ。

あるいは、任意の閉曲線\(C\)について $$ \int_Cf(z)dz=0 $$ が成り立つ。

この二つは同値な主張である。 \(C_1\)と\(-C_2\)を繋いだ曲線を\(C\)とすればよい。

\(F\)が\(f\)の原始関数である、つまり\(F'(z)=f(z)\)であるとする。

曲線\(C\)のパラメータづけを\(\gamma:[a,b]\to \mathbb{C}\)とすると、合成関数の微分から $$ \frac{d}{dt}F(\gamma(t))=F'(\gamma(t))\gamma'(t)=f(\gamma(t))\gamma'(t) $$ である。

よって、微積分学の基本定理から $$ \int_Cf(z)dz=\int^b_af(\gamma(t))\gamma'(t)dt=\int_a^b\frac{d}{dt}F(\gamma(t))dt=F(\gamma(b))-F(\gamma(a)) $$ となる。 つまり、積分の値は\(C\)の始点\(\gamma(a)\)と終点\(\gamma(b)\)のみで定まり、途中の経路には依存しない。

ベクトル場に対するポテンシャルの存在と比較する。

長方形に対するコーシーの積分定理 #

\(R\subset\mathbb{C}\)を長方形領域とし、\(f\)は\(R\)の境界および内部で正則であるとする。 このとき、 $$ \int_{\partial R}f(z)dz=0 $$ である。

この定理の証明は長くこの先の議論に用いないため、一旦認めて先に進んでも問題ない。

証明は大きく二つのステップに分けて行う。

一つ目のステップでは、正則関数の一次近似を利用して積分の評価を行う。 もう少し詳しく説明しよう。 まず\(f\)が正則なので一次関数で近似できる。 一次関数は原始関数を持つため、線積分の値は\(0\)である。 よって、長方形が小さければ\(f\)の積分も小さいことが期待できる。

二つ目のステップでは、最初に与えられた長方形の周での線積分と小さい長方形の周での線積分を結びつける。 線積分の基本的な性質を用いると、長方形を小さな長方形に分割したときそれらの周での線積分を足し合わせると元の長方形の周の線積分の値になることがわかる。 これを利用して大きな長方形の周での積分を小さな長方形の周での積分と結びつける。

では実際に証明しよう。

まずは一つ目のステップとして一次関数による近似を用いて積分値を評価するという議論を行う。 \(z=a\)において、\(f(z)\)は\((a)+f'(a)(z-a)\)で近似できる。 この近似の意味を正確にすると、任意の\(\epsilon>0\)に対し、ある\(\delta>0\)が存在して、 \(\lvert z-a\rvert<\delta\)ならば、 $$ \left\lvert \frac{f(z)-f(a)-f'(a)(z-a)}{z-a} \right\rvert<\epsilon $$ となる。 この結論部分を $$ \lvert f(z)-f(a)-f'(a)(z-a) \rvert<\epsilon\lvert z-a\rvert $$ と変形しておく。

一次関数の閉曲線での線積分が\(0\)なので、 $$ \int_{\partial S}f(z)dz=\int_{\partial S}f(z)-f(a)-f'(a)(z-a)dz $$ は長方形\(S\)に関して無条件に成り立つ。 さらに、線積分の三角不等式を用いると $$ \lvert\int_{\partial S}f(z)dz\rvert = \lvert\int_{\partial S}f(z)-f(a)-f'(a)(z-a)\rvert \leq\int_{\partial S}\lvert f(z)-f(a)-f'(a)(z-a)\rvert\lvert dz\rvert $$ となる。

ここでさらに\(S\)が\(a\)の周りの十分小さな長方形であるとしよう。 すると、上の一次近似が使えて、 $$ \int_{\partial S}\lvert f(z)-f(a)-f'(a)(z-a)\rvert\lvert dz\rvert \leq\int_{\partial S}\epsilon\lvert z-a\rvert\lvert dz\rvert $$ と変形できる。 さらに、最後の積分は\(z\)が\(R\)の周上で\(a\)が\(S\)の内部であることから、 \(S\)の対角線の長さ\(d(S)\)を用いて\(\lvert z-a\rvert \leq d(S)\)であり、 \(L(S)\)を\(S\)の周の長さとすると、 $$ \int_{\partial S}\lvert z-a\rvert\lvert dz\rvert\leq\int_{\partial S}d(S)\lvert dz\rvert=d(S)L(S) $$ となる。

この点を改めて整理し、より正確述べると次のようになる。 任意の\(\epsilon>0\)に対してある\(\delta>0\)が存在し、長方形\(S\)が\(\lvert z-a\rvert<\delta\)に含まれるならば、 $$ \lvert\int_{\partial S}f(z)dz\rvert \leq \epsilon d(S)L(S) $$ となることが証明できた。 ここまでが証明の第一ステップである。

この時点では、\(S\)が\(\epsilon\)に依存しているので、右辺で\(\epsilon\to0\)の極限をとる、というような操作を行っても意味がない。 そこで次にやることは、大きな長方形での線積分の値を小さな長方形での線積分に結びつけるという、二つ目のステップの議論を行う。

以下では一般に長方形\(S\)の周での\(f\)の線積分値を\(\eta(S)\)と略記する。 つまり、 $$ \int_{\partial S}f(z)dz=\eta(S) $$ とする。

この記号を用いると、第一ステップで証明したことは次の通りである。 任意の\(\epsilon>0\)に対してある\(\delta>0\)が存在し、長方形\(S\)が\(\lvert z-a\rvert<\delta\)に含まれるならば、 $$ \lvert\eta(S)\rvert \leq \epsilon d(S)L(S) $$ となる。

示すべきことは任意の長方形\(R\)に対して\(\eta(R)=0\)であることである。

長方形\(R\)があたえられたとしよう。 以下では長方形の縮小列\(R_0, R_1, R_2, \ldots\)を以下のように定義する。 まず、\(R_0=R\)と定める。 この\(R_0\)を\(4\)つの合同な長方形に分割し、それらを\(R^1, R^2, R^3, R^4\)と仮に名付ける。 すると、線積分の性質から、 $$ \eta(R)=\eta(R^1)+\eta(R^2)+\eta(R^3)+\eta(R^4) $$ が成り立つ。 複素数に対する三角不等式から、 $$ \lvert\eta(R)\rvert \leq \lvert\eta(R^1)\rvert+\lvert\eta(R^2)\rvert+\lvert\eta(R^3)\rvert+\lvert\eta(R^4)\rvert $$ となるため、\(R^1\)から\(R^4\)のうちの少なくとも一つは $$ \lvert\eta(R^i)\rvert\geq\frac{1}{4}\lvert\eta(R)\rvert $$ を満たす。 この\(R^i\)を\(R_1\)と定める。

これを同様に繰り返すことで長方形の列\(R_n\)を定義する。 つまり、\(R_n\)を\(4\)つの合同な長方形に分割するとそのうちの少なくとも一つは $$ \lvert\eta(R^i)\rvert\geq\frac{1}{4}\lvert\eta(R)\rvert $$ を満たす。 $$ \lvert\eta(R_n)\rvert\geq\frac{1}{4}\lvert\eta(R_{n-1})\rvert $$ が成立するように長方形をどんどん小さくとっていく。

すると、任意の\(n\)に対して $$ \lvert \eta(R_n) \rvert\geq\frac{1}{4^n}\lvert \eta(R) \rvert $$ が成り立つ。 また、\(R_{n+1}\)は\(R_n\)と相似でその相似比は\(1:2\)だから、\(d(R_{n+1})=\frac{1}{2}d(R_n), L(R_{n+1})=\frac{1}{2}L(R_n)\)であり、 $$ d(R_n)=\frac{1}{2^n}d(R), L(R_n)=\frac{1}{2^n}L(R) $$ である。

区間縮小法により、この長方形の列\(R_1, R_2,\ldots\)はある点\(z_\ast\)に収束する。 正確にいうと、ある\(z_\ast\in R\)が存在して任意の\(\delta\)に対して十分大きな\(n\)について\(R_n\)は\(\lvert z-z_\ast \rvert<\delta\)に含まれる。

この\(z_\ast\)を前半の議論に用いよう。 \(\epsilon>0\)とする。 このとき、ある\(\delta>0\)が存在し、 長方形\(S\)が\(z_\ast\)からの距離\(\delta\)以内に含まれるならば、 $$ \eta(S)\leq \epsilon d(S)L(S) $$ となる。 この\(\delta\)に対して、上のように\(R_n\)をとることで、 $$ \eta(R_n) \leq \epsilon d(R_n)L(R_n)=\epsilon\frac{1}{4^n}d(R)L(R) $$ となる。 さらに、\(\eta(R)\)と\(\eta(R_n)\)の関係から、 $$ \lvert \eta(R)\rvert \leq 4^n\lvert \eta(R_n)\rvert \leq \epsilon d(R)L(R) $$ となる。 ここでは、\(R\)に関する条件はなく、左辺は\(\epsilon\)に無関係な実数値である。

これが任意の\(\epsilon>0\)に対し成り立つため、\(\lvert \eta(R)\rvert=0\)すなわち $$ \int_{\partial R}f(z)dz=0 $$ であることが証明できた。

円板上正則な関数の原始関数の存在 #

長方形に対するコーシーの積分定理を用いて領域が適切な条件を満たすとき原始関数の存在を証明する。

\(D\)を円板とする。 \(f:D\to\mathbb{C}\)を正則関数とし、\(C\)を\(D\)内の閉曲線とする。 このとき、 $$ \int_Cf(z)dz=0 $$ である。

これを証明するためには、\(f\)が\(D\)上一価正則な原始関数\(F\)を持つことを示せばよい。

そこで、まず\(D\)上の一価関数\(F\)を以下のように定義する。

次にこの\(F\)が\(f\)の原始関数、つまり\(F\)は正則でその導関数が\(f\)であることを証明する。 そのために、\(F\)がコーシーリーマン方程式を満たすことを確かめるが、そこで長方形に対するコーシーの積分定理を用いる。

(二つの経路が一致してしまう状況についてはもう少しきちんと議論する必要がある。)

次に積分経路を次のようにとる。 まず、原点\(0\)から実軸に平行に移動し、その後虚軸に平行に移動する。 円板なので必ずこのような経路を取ることができ、一意的である。

長方形に対するコーシーの積分定理から、積分経路を次のようにとっても積分値は一致する。 \(a\)から虚軸に平行に移動し、その後実軸に平行に移動する。

このことを利用すると、\(F\)が正則であり、その導関数が\(f\)であることを証明できる。

\(x\)軸と並行な\(C_2\)と\(y\)軸と平行な\(C_1\)を用いて\(a\)と\(z\)を繋ぐ。 $$ \frac{\partial}{\partial x}F(z)=\frac{\partial}{\partial x}(\int_{C_1}f(z)dz+\int_{C_2}f(z)dz)= f(z) $$ となり、同様にして $$ \frac{\partial}{\partial y}F(z)=if(z) $$ となる。 つまり、\(F\)がコーシーリーマン方程式を満たすことがわかり、さらに\(f\)が正則なので特に連続だから\(F\)は\(C^1\)急である。 よって、\(F(z)\)が正則であり、\(F'(z)=f(z)\)であることもわかる。

前に見たように、原始関数を持つならば線積分は積分経路によらず端点のみで決まる。 特に閉曲線での積分は\(0\)になる。 これが\(D\)が円板の場合のコーシーの積分定理。

\(D\)が円板から原点を除いた領域の場合には、上の議論はできない。 なので、この場合にはコーシーの積分定理は成立せず、実際線積分が経路に依存するような関数\(f\)が存在する。

星形領域上正則な関数の原始関数の存在 #

長方形に対するコーシーの積分定理を用いて領域が適切な条件を満たすとき原始関数の存在を証明する。

ここでは星形領域というものを考える。 例えば円板内部や長方形内部は星形領域である。

複素平面内の領域\(D\)が星形領域であるとは、ある\(z_0\in D\)が存在して、任意の\(z\in D\)と\(z_0\)が\(D\)内の線分で結べることをいう。

複素平面全体も星形領域である。

\(D\)を星形領域とし、\(f\)を\(D\)で正則な関数とする。 星形領域なので、上の条件を満たす\(z_0\)を一つ固定する。 結ぶ線分は唯一である。

\(z\in D\)に対し、 $$ F(z)=\int^z_{z_0}f(x)dx $$ とおく。

この時点では積分経路を星形領域であることから保証される線分とする。 これは一意であるが、\(z_0\)には依存することに注意する。

この\(F\)が\(f\)の原始関数であることを証明しよう。 \(z\)を中心とする十分小さい半径を持つ円を、その円周も含めて\(D\)に含まれるようにとる。 この\(D\)について円板に対するコーシーの積分定理を用いることで、上の\(F\)が\(f\)の原始関数であることが証明できる(一旦詳細は省略する)

曲線の連続変形と線積分 #

単純閉曲線とは。始点と終点が同じで、自己交差を持たないもの。

曲線の連続変形とは。

\(C_1\)と\(C_2\)が\(D\)内で連続変形できれば、 $$ \int_{C_1}f(z)dz=\int_{C_2}f(z)dz $$ となる。

単連結領域でのコーシーの積分定理 #

任意の閉曲線が1点に連続変形できるような領域を単連結領域という。

一般的なコーシーの積分定理 #

より一般の状況における積分定理を述べるため、いくつか言葉を用意しよう。

空でない連結開集合\(\Omega\subset\mathbb{C}\)を領域という。

ここで\(\Omega\)が連結であるとは\(\Omega\)の部分集合で開集合かつ閉集合であるものが\(\Omega\)自身と\(\emptyset\)のみであることをいう。

閉曲線\(C\)の\(z=a\)についての回転数\(n(C,a)\)を $$ n(C,a)=\frac{1}{2\pi i}\int_C\frac{dz}{z-a} $$ で定義する。
反時計回りの単位円周を\(C\)としたとき、\(n(C,0)=1, n(C,2)=0\)である。

閉曲線の形式的な和をサイクルという。

領域\(D\)内のサイクル\(C\)が、\(D\)に関して\(0\)にホモローグであるとは、 \(D\)の補集合の任意の点\(a\)に対し、\(n(C,a)=0\)であること。
\(D=\mathbb{C}\)とし、\(C\)を反時計回りの単位円周とするとこれは\(D\)に関して\(0\)にホモローグ。 一方で\(D=\mathbb{C}\setminus{0}\)とすると、この\(C\)は\(D\)に関して\(0\)にホモローグではない。

この概念を用いて、コーシーの積分定理をより強い形で述べる。

\(f\)が領域\(D\subset \mathbb{C}\)で正則とする。 \(D\)内でホモローグ\(0\)な任意のサイクル\(C\)に対し、次が成り立つ。 $$ \int_Cf(z)dz=0 $$

ここではこれについて証明はしない。 重要な点は、コーシーの積分定理を成立させるためにホモローグ\(0\)という位相幾何的な条件を考えることにある。

コーシーの積分定理を用いた積分計算 #

\(C\)を単位円周で正の向きとする。 $$ \int_C\frac{1}{z-a}dz $$ を\(a\notin C\)の値で場合わけして求める。 中か外か。 $$ \int_C\dfrac{1}{z}dz=2\pi i $$ を思い出す。
\(C\)を楕円\(a\cos t+ib\sin t\)とする。 このとき、 $$ \int_Cz^ndz $$ を求めよ。
\(C\)を単位円として、 $$ \int_C\frac{1}{z(z-2i)}dz, \int_C\frac{1}{z^2-2z}dz $$ を計算する。
\(C\)を中心\(\alpha\)で半径\(r\)の円を反時計回りに向きをつけたものとして、 $$ \int_C\frac{1}{z^2+1}dz $$ の値がどうなるか、場合わけして計算する。